蓮花[Hasuhana]blog

日常に溢れる真理。

食から観える自己のパターン

何を隠そう、私は結構な大食い女。

 

でした。

 

過去形。

 

ピーク時は1日5食、それぞれがちゃんと普通より多めの一人前。2時間ごとにスッカリとお腹が空いていた。

 

過度な買い物や食事は、自分の中の欠乏感を埋める行為だと知っているけど止められない。

 

 

なぜなら欠乏していたから。

 

 

何かで満たさないと生きていられなかった。

 

今もまったく無いわけじゃない。

 

でも

すきなこと、

 

やりたいこと、

 

きらいなこと、

 

やりたくないこと

 

これが少しずつ明確になり、
行動にすればするほどばそれは明らかに感じなくなっている。

 

つい口寂しくてとか、家族・友達が食べているから、なんとなく食べていることをとても客観的に見ている自分がいる。

 

そんな自分をしばらくの期間ぼんやりと眺めていたけれど、客観的に見られるなら行動に移せると思い、

 

都度身体感覚に意識を向けて、食べるタイミングを見極め適切な量にしようと試みている。

 

朝だから、

昼だから、

夜だから、

寝る前だから、

 

身体にいいから、

身体に悪いから、

 

そんなことはすべて

横におく。

 

食べたくない時は
とにかく食べない。

 

食べたくないものも

とにかく食べない。

 

食べたい時に
食べたいものを、
食べたい量 食べる。

 

何も我慢していないのに、
食べる量が全然ちがってすごく面白い。

 

シンプルなのだけど、
身体の声を聞くって望みを叶えてあげること。

 

身体が欲していないのに食べたくない時間に食べたくないものを食べることが、如何に自分に無理強いをしていたのか。

 

そのストレスから解放されるだけで、身体がリラックスしている。

 

お金も、仕事も、パートナーシップも、別ごとに見えて実はすべて根っこは繋がっているので同じ。

 

一つパターンがあれば、
全てに同じ行動をとっている。

 

命に関わる食において
自分に無理を強いているパターンがあるなら、お金、仕事、パートナーシップにおいても同じことをしている。

 

知らず識らず自分に無理をさせる癖が根付いているけれど、こんな小さなことから氣づけることが日常には沢山ある。

 

知ってたけど、解ってなかった。

 

やってるつもりで、やってなかった。

 

なにごとも
氣づくまで、わからない。

 

日常こそすべて。