蓮花[Hasuhana]blog

日常に溢れる真理。

愛されたくない

愛していいし、

愛されていい。

 

 

 

 

この言葉を目にした時、

静かに「そうか」と思った。

 

 

そうか、と思いながらも

腑に落ちそうで腑に落ちない

微妙な感じ。

 

 

時間をかけても

自分の中に落とし込もうと、

この言葉を繰り返し

自分に投げかけてみる。

 

 

そのまま寝入り、翌朝のこと。

 

 

まだうとうとしていたころ。

 

 

ふと

 

「愛されていい」

 

と自分に話しかけてみた。

 

 

 

すると何となく感じる違和感。

 

何だろうと静観してみていると…

 

 

 

内側から

「愛されたくない」と聴こえる。

 

 

 

???

 

 

状況を飲み込めない。

 

でも確かに聴こえる

「愛されたくない」の声。

 

 

 

「どうして?」

と聴いてみると。

 

 

 

「愛し愛された人を失うのがもういや。耐えられない。」

 

 

 

 

ああ…

 

 

 

 

 

そうか。

 

 

 

 

今の私ではない私の記憶。

 

 

魂は元々一つ。

その魂が陰と陽の半身に分かれて生まれた瞬間、大切なもう半分の自分を失ったのだと“思い出した”気がした。

 

 

その記憶がずっと残っていて、

あんな想いをするくらいなら

もう2度と愛し愛される経験をしなくて良い。

 

 

はじめから出逢わなければ

失う痛みを感じずにすむ。

 

 

だから愛されなければいい。

愛さなければいい。

 

 

最初から相手に受け容れられなければ、もしも愛してしまっても、失うことはないから。

 

 

ずっとその苦しみを感じなくて済むように、殻をつくってきた。

 

そして痛みを感じないよう防御することで、同時に喜びも同じ深さで拒否していた。

 

 

 

「愛されたい」

という強烈な願いは

 

 

「愛されたくない」

を隠すためのまやかしだった。

 

 

強く想うことほど、

裏腹なアンカーを抱えている場合がある。

  

 

一枚一枚玉ねぎの皮を剥ぐように、

少しずつ氣付きの深さが増してくる。